
浅木神社について
浅木神社は飛鳥時代、第39代斉明天皇の御世より鎮祭し奉ると伝えられている古社です。日本武尊臨幸地との伝承も残されており、旧郷社・郷邑の産土神として広く崇敬を集めています。
御由緒


茅葺屋根の御本殿
昔時淺木神社の周辺は岡湊よりの内海であった。日本武尊熊襲御征伐の帰途、臨幸神跡の霊地である。第三十七代齊明天皇が此の淺木山に御船を寄せ給う、この御代より鎮祭し奉る古社である。
足利將軍義満筑紫下向の砌り、執事細川頼之を以て幣帛を捧げ武威を祈り、足利家より社地領三町三反歩を寄進された。(六二三年前)又周防の國主大内義弘、大内義隆相続いて社殿を建立し社地を献じた。然しながら豊後大友氏の為に宝物、縁起類多数奪取せられると共に元亀三年社殿兵火に罹り焼失、その後仮に小社を立つ、元和八年里民修復を加えり。(三九九年前)黒田侯筑前を領し明治維新まで七代の國主は社参を致され祈願を命ぜられている。
昔時は東光寺、西光寺、眞光庵等天台の三坊を構へて別當社増あり、大宮司に附属せり、東光寺、眞光庵は二百餘年前に廃亡し、独り西光寺のみ浄土宗に改宗して淺木にあり。
社地境内は山勢偉抜ならねど頂上平坦にして社殿あり清閑、周囲は古楠老杉老檜槇その他の樹木欝蒼として枝を連ね社殿の左右に末社石灯籠、神輿舎あり、一見粛然として畏敬の念を起さしむ。明治五年五月には郷社に列せらる。
主祭神
浅木神社では主祭神として、次の三柱の神様をお祀りしています。
日本武尊
古事記、日本書紀等の伝説上の英雄。第12代景行天皇の第三皇子。九州南部の熊襲平定の帰途、浅木山麓に船を寄せて山に登り、四方を眺めて安らぎを得、麓の岸に桜の枝を挿したという伝承が残る。
應神天皇
第15代天皇。仲哀天皇の第四皇子。母は神功皇后。その治世には渡来人により、織物や養蚕、灌漑・治水、金属加工、陶器、漢字等が伝えられ、大和朝廷の勢力が内外に飛躍的に発展したとされる。
素盞鳴尊
日本神話の代表的神格。伊耶那岐命・伊耶那美命の子。天照大神・月夜見命の弟とされる。出雲の象徴、八岐大蛇を倒し、草薙剣を高天原へ献上した。奇稲田姫と結婚して大国主命らの祖先となった。
境内末社
浅木神社は五柱の神様を境内末社としてお祀りしています。
天満宮
御祭神
菅原道真公

貴舩神社
御祭神
高龗神、闇龗神

稲荷神社
御祭神
倉稲魂神

萩尾神社
御祭神
彦火々出見命

惠比須神社
御祭神
事代主命
